September 11, 2005

【選挙】2005年衆議院選挙、或る男の3日間の選挙戦

郵政民営化法案否決に端を発した2005年9月の総選挙、開票速報は反対派を切り捨てた小泉首相率いる新生自民党が圧勝の勢いである。だが、選挙に携わる人間にとって、選挙はそれぞれの人に多くの過程を残すものである。今日は、私の3日間の選挙戦を書きたい。

8月30日の選挙公示の日、私はネットで立候補者をぼんやり見つめていた。だが、ある選挙区をみて、愕然とした。そこに立候補していたのは自民党の大物代議士、その対抗馬として起っていたのは私のサークルの後輩の一人だった。若干27歳の挑戦、そしてわずか2週間の準備期間の挑戦である。これは手伝うしかない。私は彼の事務所のボランティアをすることを決意した。

たまたま私は、9月1日~2日に休暇を取ることを選挙が決まる前から決めていた。単純に遅めの帰省でもするか、と思っていたのだがまあ帰省は正月でもできると考えて帰省は諦め、彼の選挙区に向かうための飛行機と宿泊場所を押さえた。9月3日土曜日の夕方に戻るため、選挙の手伝いは3日間の勝負である。また、彼のHPには事務所の連絡先が書いてあったので、明日からボランティアをする旨を伝えた。まあこんなボランティアの仕方をする人は早々いるものではないので、驚いたようだったが、とにかく人手が足りていないので大歓迎ですとのこと。そりゃそうだ。選挙はよほどの大物でも人手が足らない。それがわかっているからこその提案である。

それからすぐに眠って、朝3時に起床、4時の高速バスで羽田に向かい、朝一番の飛行機で飛ぶ。空港から電車を乗り継ぐこと2時間。事務所は駅の近くにあった。すぐに挨拶をする。選挙の事務所はたいてい事務局長みたいな人がいて、現場を取り仕切っている。その人に面談をすることになった。普通、選挙事務所のボランティアは候補の親族や候補を支援している母体がするぐらいで、一般市民で突然ボランティアがしたいと言い出すことは少ないので、変に思われないように、①候補の先輩で、彼のお手伝いがしたい②前回の選挙のときに労働組合の執行委員をしていて、大阪の候補のお手伝いをしていた。今回も選挙の手伝いをしようと思っていた、という話をした。事務所に来れる時間を聞かれたが、こちらは手伝いにきたので今日明日は夜までいます、最終日は3時ごろで切り上げますとお伝えした。ここの選挙事務所は非常にアットホームで、その後事務所の人を集めて、紹介をしてくれた。

そこから直ちにお手伝いをすることにした。正直に言うと、作業は非常に遅れていた。選挙の際に配れるビラは法定ビラといい、証紙のシールがつけられている。これがないと配れないので、通常は公示から早急に張る必要がある。これが公示2日後でも終わってない。やはり人手が足らないのだ。これを手分けして貼り付け続ける。途中で、やっぱりボランティアの近所のおばちゃんたちが集まってくるので話をしながら作業を続ける。今回の選挙の場合、候補は落下傘候補(選挙用語で、縁もゆかりもないところから飛んでくる候補のこと。今回の選挙では刺客という言葉とともによく使われている)なので、支援者もあまり候補の事を知らない。大学時代のことを話すと結構興味をもってくれる(ああ見えても学生よりはずいぶんやせているように見えます、というと結構受けていた)し、私もこの地方のことは知らないので、地方の話を聞いたりしていた。

そうこうしているうちに、候補が事務所に帰ってきた。実に3年ぶりの再会であるが、一目でわかってくれて、そして驚いてくれた(笑)。3日間ボランティアしてやるからがんがん暴れて来い、でも体には気をつけろよと励ました。候補は何度も御礼を言って次の目的地に向かった。選挙戦は選挙区内を飛び回らなければならない。まして、選挙区が広い地方はがむしゃらに走り回る必要がある。私が候補に会えたのは3日間で20分程度であるが、こちらも昔話や同窓会をするためではなく、ボランティアにきているので、あんまり時間を取るのはまずい。候補が出発して、引き続き作業を続けていく。

とりあえず夕方に証紙張りがおわり、はがき書きが始まる。これはどこでもやる話だが、なかなか枚数がさばけない。人手に余裕があるところならともかく、ここは作業者が数名のボランティアのみである。バイトみたいにがしがしやるわけにも行かないので、話をしながら和気藹々と進めていく。8時半まで作業をして、一日目は作業を終了した。

二日目は朝8時半から活動開始。候補は朝立ちで6時半からの出動であるが、演説を行っているところは車で1時間程度かかるところであるため、そちらに行くのは諦め、事務所で引き続きはがきを書いていく。昼頃にまず第一弾のはがき書きが終了し、続いてビラを4つ折りにしていく(配りやすくするため)。これも膨大な枚数だが、のんびり折っていく。こんなの機械でやれば簡単だが、そう簡単に機械を借りるところはないし、お金もないから人海戦術である。

そうこうしているうちに、大学時代の知人から連絡がきた。彼も候補をバックアップしている一人だが、候補の引越しを代わりにやっていて、引越しを手伝ってくれないかとのこと。選挙期間中に引越しをするなんて前代未聞だと思うが、やはりホテル暮らしや知人の部屋暮らしよりは自分の部屋に帰ったほうが良いのは理解できる。とりあえず荷を部屋に運び、寝るスペースを確保して切り上げた。彼と会うのも実に3年ぶりくらい。結構余裕があったので積もる話を一握り話して引越しを切り上げ、事務所に向かう。

事務所に向かうと、候補が自転車遊説の準備をしていた。より身近な候補であることをアピールするにはいいアイディアである。いっしょに自転車乗りませんか?といわれたが、いかんせん表に出るのが苦手なので、お断りして引き続き事務所の中で作業を行った。この日も終わったのは8時半である。

さて、3日目も引き続きビラ折りを続け、かなり終わりが見えてきたところで、ポスターが届いた。今ごろポスターを張るのは遅すぎる。衆議院議員選挙の選挙期間は13日間なので、土日は一度しかない。その最初の土曜日にポスターを貼り終わっていないのはいくらなんでも遅すぎだが、それでも急いで張るしかない。ポスターにのりをつけ、ダンボールに貼り付けてひもを取り付けていく。今日は関係労組から動員がかかり、人手も増えている。

そうこうしていると、事務局長の奥様から話がきて、街を案内してくれるらしい。もうひとりのボランティアさんと一緒に案内をしてもらった。この街には長い歴史があり、いろんな話をしてくれた。正直、こんなに丁寧に御礼をしてもらったのは初めてで、感動した。

また事務所に戻り、一仕事を片付けた後、お手伝いを切り上げる事にした。最後に事務局長に挨拶をしたとき、「なんとか選挙も形になってきた。もう一押しして、風向きが変われば、相手は強いがひょっとすればひょっとするくらいになってきている」と言われた。その後、事務所のみんなをあつめ、挨拶をしてくれた。私は「短い期間でしたが、ありがとうございました、これからも候補をお願いします」と挨拶して、帰路についた。

今回の選挙戦で、印象深かったのは、やっぱり政治は一握りの人間がするものではないということ。一人の候補が政治家になる過程には、多くの人の支えが必要である。事務所の選対の活動や、ボランティアの人たちのビラ作りやポスター作り、事務所でお茶を飲みながらの励し、遊説を聞きに集まってきてくれ、マニフェストやビラをもらってくれる。そういう一つ一つの小さな候補者への支えが、政治を動かしていくということである。また、今回お手伝いした選対は非常にアットホームでいい雰囲気だった。落下傘候補だけども、いろんな人が候補をかわいがってくれていて、またボランティアもすごい歓迎をしてくれた、本当にいい選挙事務所だったと思う。

また、次の選挙もどこかでお手伝いをしよう、そう思った今回の選挙だった。

なお、この記事は投票終了を持ってアップしました。いまだにインターネットの概念が想定されていない選挙法なんて時代遅れもはなはだしい。アメリカの大統領選なんて、インターネットで資金集めするぐらいなのになあ。また、開票速報もネット上に開示されない。当確はでるのだが、地上波に出すようなグラフを出してくれれば良いのにと思う。知りたい区の情報が知りたいのであって、こういうときこそHPで見えるようにしてくれれば良いのにねえ。

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August 26, 2005

【選挙】選挙の演説会に行こう、行ってくれ、というか行けよ。

衆議院が解散されて、まだ公示が行われていない、中だるみの時期であるが、そろそろ選挙戦も本線が始まろうとしている。ぜひ、選挙に目を配ってほしい。

私がこのようなことを言うのは、少し恥ずかしい昔話があるからだ。あれは忘れもしない、今から約2年前の2003年10月28日、私はある陣営の選挙対策実働部隊として、東京は浅草寺付近に設けられた出陣式に立ち会っていた。雨が降りしきる中、演説を打つ候補者。傘を差すもずぶぬれながら、熱心に聞き、時には野次や合いの手を飛ばす支援者達。そしてそこから、私の2週間の選挙支援活動が始まった。そりゃもう、いろんな人にビラを配り、はがきの宛名を書き、なれない方言を使って電話をかけ、そして演説会の準備にでるというハードな選挙戦だった。

だが、一番私が気になったのは、演説会だった。演説会は大体7時から8時にかけて、一日1~2個所を回っていくので、準備するほうは事前に下見と打ち合わせをやって、ポスターの貼り方とかを決めて、演説が始まる2時間前から設営をやって、時間が始まればマニフェストとビラを配り、人が増えれば会場整理をし、演説が終わったら撤去していく。

それだけの仕事なんだけど、これがもう悲しいほど、そして恥ずかしいほどおじいさん、おばあさんしか来ない。そりゃ、若い人は忙しいのが当然だし、なかなかこんな時間に出て来れないのはわかる。だけど、残念ながら、私は演説会の準備をやって、自分の意志で演説会を訪れた20~30代の人を、ついに一人も見かけることはできなかった。

それだけすれば、政治かも老人に対していい事を言うはずだ。政治家の言葉は、われわれ一般人の言葉よりも重く、当然リップサービスをしたものは実現が求められる。そしてその結果、老人に対していい政策が実現される・・・それはそのはずだよなあ・・・と痛切に思ったのは言うまでもない。確かに私も、一度も演説会に行ったことはなかったが、それは大きな間違いだったなあと大いに反省した。

今回の選挙では、私は自主的に会社の休みを取って、自分の選挙区での候補者の演説会に伺おうと思っている。俺も行くから君も行こう、行ってくれ、というか行けよ。

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